身土不二

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法人って何?人間って?

 以前から気になっていたことがあります。それは、法人と人(生身の人間)の関係のことです。特に、営利法人つまり株式会社に代表される会社法人とその中で働く人の問題です。 リストラという言葉が氾濫するようになって久しいですが、リストラとは法人の存続を目的として生身の人間を減員整理することです。それを健全化と呼んでいます。法人の財務内容にとっては健全化かもしれませんが、リストラの対象者の家計にとっては不健全化以外の何物でもないというケースが大半です。

 今日、大企業の中では、サービス残業が当たり前のように横行しているらしい。ここでもタダ働きの安い人件費による低コスト化で、ライバル企業と弱肉強食の熾烈な争いを勝ち抜こうとしているからです。 研修や技能実習という名目での外国人労働者の無権利に近い過酷な労働も営利法人にとっては、安上がりな労働力は利益を産み出すのだから、サービス残業と同様に好ましいことなのです。 次は何をするつもりなのでしょうか?どんな形で、人間の誇りを奪うのでしょうか?

 営利法人の権利と生身の人間の人権の衝突がそこにはあります。営利法人の意思とは、経営者と呼ばれる人間によって担われ、冷徹に遂行されます。法人に利益をもたらすのが彼らに課せられた任務です。従業員の家庭の人並みの生活の経済的安定を図ることや外国人労働者の人間らしい生活環境の保障は、営利企業法人にとっては、目標とはなり得ないようです。

 何でこんなことを書いたのかというと、商社による農産物の開発輸入の横行が目に余るからです。対象となった農産物の産地の農家は元気を無くしているといいます。稲作農家も米価の低迷に泣いています。原因は減反政策下での「米輸入」にあります。多くの農家が元気を無くし泣いている状況が3〜4年も続くと日本の農業の担い手が大幅に減少しかねません。

 そのとき、待ってましたとばかりに、腹黒い意図をもって「株式会社の農地取得を認めて日本農業を守るべきだ」といって「農地法の改悪案」が持ち出されてくるにちがいありません。そして、営利法人が舌なめずりして参入してくるにちがいありません。彼等の目的は「営利=儲け」だから、儲かりそうなところのみを入手するでしょう。見込みが外れて儲からなければ、早々に荒らした土地を放棄するでしょう。我々はボランティアではない、営利法人だとうそぶくでしょう。

 今、商社が儲けの為には日本の農村や農家を顧みることなく、開発輸入に奔走しているのを目の当たりにする時、農の営みや農村に愛着のない営利法人=株式会社に農地取得を絶対認めてはならないと確信します。農業バッシングを得意とする商業マスコミは、営利法人側の旗振り役は買って出ても、農家の味方にはつかない者と考えておいた方がよさそうです。なぜなら、最近のセーフガード問題でも、消費者は安く買うことができなくなるという風に、相も変わらず、農家と消費者を敢えて利害が対立するかのごとく解説しているからです。

 環境問題というと声高に絶叫するマスコミさんは、心も身体も蝕まれつつある現代の日本人にとって、日本に人間の尊厳をかけた農の営みと誇り高い農村が存続しつづけることこそが、人間らしい生活を充実させていく為に欠くことのできない最も大切な環境となるのだということを常に忘れないでいて欲しいと切望します。

 また、農家には、営利法人の中の人間が失った大切なものをしっかりと伝承していて欲しいと願います。農家は経済作物=換金作物の生産だけに農業をしぼってしまわないで欲しいのです。もし、そこに絞り込むようなことがあるとそれは営利法人の土俵であり、安い輸入農産物との競争の世界であり、その安さの理由を考えてみると、とても勝ち目があるとは思えません。

 一方、都会人を羨望の眼差しでなく、哀れみの眼差しで眺めることのできる誇り高い農村人は、生身の人間の代表として、土を守り、命を育むという営みを生業としている百姓が故に、人間らしい生活を模索する多くの都会人と共生の道が必ずや拓けてくると確信します。私には、百将でなく、多くの命を生み出す百姓の存在が、とても頼もしいのです。

2001年05月21日(月)

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