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BSE(狂牛病)国内発生報道を考える

 狂牛病発生の報道から始まった不安感からくる「風評被害」の大きさは農家・肉屋・レストランなど生産から流通・消費の末端まで及び、各段階で生活基盤を脅かされる極めて甚大な様相を呈しています。三頭目が発見されるにいたってからの周囲の人々の感じでは、不安は当分収まりそうにない気配です。この不安はどこからくるのか?この間の自分自身の狂牛病報道の受け止めを省みて、考察してみたいと思います。

 では、私自身はどうなのか?牛肉を食べる回数はめっきりと減っています。リスクをできるなら回避したいという私の行動は、これでいいのだろうか?という疑問が湧いてきているのも事実です。私自身、ただ風潮に流されているだけで、知らず知らず牛肉に係わって生活している人々に深刻な失望を与えている加担者の一人になっていることはないのか?食べない、また出来る限り食べるのを避けているという自分の行動の根拠を検証してみようと思います。

 BSEが人間にも発症する恐れがあるという報道がまずありました。でも危険部位を食べなければ安心だとも報じられました。ところが、牛を屠殺するときに、脊髄の部分を真っ二つに割るときに周囲に飛び散るから危険部位でなくても危ないのではないか?ということが報じられて一気に不安感が頭の中に広がったような気がします。

 このあと、国民の不安を払拭するためにということで、大手業者段階では、流通し保管されていた肉は、買い取られて回収し隔離されたらしいのですが、例の偽装事件がここで発生したのです。しかし、私の記憶では、当時、町の肉屋さんから牛肉が姿を消したことはなかったように思います。消費者にもっとも身近な肉屋さんの保管している肉に対しての回収措置や対策がなかったことが、ボタンの掛け違いの始まりだと思います。ずるずると不安感が尾を引くことになったのです。対策が後手後手にまわっていき、その結果、特に学校給食で牛肉メニューが姿を消したことは、世のお母さんたちに決定的な影響を与えたようです。 居座っている農林大臣は、彼の大臣任期中の昨年6月に「BSE発生の危険の高い国」という欧州からの指摘を受け入れなかったという感覚の持ち主なのですから、責任大で辞職は当然だと思うのですが・・・本人は歴代の大臣にこそ責任があるといわんばかりの様子です。

 今回の税金での買取措置も大手業者は、それを利用して偽装して大儲けしようとしたことが次々と明らかになってきました。そのたびに、消費者の不信感は増幅していきました。 一方で、有効な対策がとられなかった町の肉屋さんや焼肉店など零細業者は、大きく売上を落としてバタバタと潰れています。

 どうも政治家さんたちは政治屋さんになっているようで、目の向け方と責任の果たし方が政治献金をよこしている大手業者へどうしても優先して配慮するという体質が染み付いているようです。

 この事件を通して、よく考えてみると私の一般的な情報源は、第一番にTV・新聞・雑誌などのマスコミのニュース報道に依ります。

 次に、身近な人々や知人との対話からえる耳学問的な情報に依っています。大半の人もそうだと思います。でも最近の私は、インターネットの活用によって、発信されている一人一人の個人的な考え方も聴くことができるし、専門的知識を有する人や直接の利害当事者から、より詳しい情報を得ることも出来るので、相当その比重が急速に高まってきています。そして、タイムリーという点では、やや遅くなりますが、体系的な知識がえられる書物という順番です。

 では、今回の狂牛病問題では、どうだったのかと考えてみると、その存在を知ってはいても、どこか遠い国でのお話という受け止めの域から、出ていませんでした。不幸にも英国そして欧州全体であれほどの大問題に発展しているのだから、行政も業界も水際で必要な手を打つに違いないと楽観していたわけです。マスコミの監視もあることだし、大丈夫だろうと。

 しかし、こうやって国内発生の事実をつきつけられてみると、これは甘かったとしかいいようがありません。では、私の何が甘かったのか?それは、行政、業界、マスコミに対する捉え方です。そこで働く人、一人一人の心の動きにまで立ち入って考えてみる必要があったのです。建前と現実の間には、心の揺れが必ず介在しているのですから。

 端的にいえば、行政の役人は「保身」を最優先する傾向。将来の天下り先に対する配慮やことなかれ主義、玉虫色の答弁などなど。業界関係者は、「儲け」を最優先する傾向。厳しい競争の中で経済効率最優先という価値尺度のみが我がもの顔で闊歩している状況。アメリカ流グローバリゼーションのもたらす宿命です。これが悲劇の大元かも知れません。

 マスコミ人は、「スポンサーの顔色」と「大衆受けという尺度」が報道内容を偏向させる傾向。こちらは商業ジャーナリズムの宿命かな?やはり、皆さん生身の人間なんですね。それをまず第一に頭において、考えていく事が大切なようです。

 先日、久しぶりに安心して牛肉をとても美味しく食べることが出来ました。取引先の銀座のステーキ店のパーティーで、熊本の赤牛の生産者も参加してその話も聞く機会があって、そのローストビーフを食べさせていただいたからなのです。

 話の中には、霜降り肉はどのような育て方・餌の与え方の中でできるものなのか?それに比べて赤牛の肉はどういう特色があるのか?草で育てる牛と濃厚飼料で育てる牛の違いの話なども。今後、日本各地の牛の産地でいろいろな話を聞くのが楽しみになりました。

 米ぬかをペレットにして稲作の無農薬栽培に活用する技術が注目されていますが、別の利用法で面白いのは糠をペレット状にすると牛などの家畜も喜んで食べるんだそうです。とっても夢と希望の広がるリサイクル技術だと思います。実は、糠をペレットにすると田んぼのアイガモ君も食べるんですよ。

 これからは肉の味だけでなく、育て方や餌の問題にももっともっと関心を払いながら、お肉屋さんや焼肉屋さんやシェフや農家とコミュニケーションして、豊かな情報と共に食べていこうと思います。その人柄・人物を信頼して・・・。

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