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フォーラムレポート砂金レポート要旨

フォーラムレポート 21世紀幕開けの合鴨フォーラム

 2001年の2月末に、北海道の札幌定山渓で「第11回全国合鴨フォーラム」が270名の参加者で行なわれました。約半数が北海道各地から、あとの半数が全国各地からの参加者です。農家が主ですが、消費者、流通業者、お医者さん、教授、院生、学生etcと顔ぶれは多彩です。昨年の岩手大会では、400名を超える参加者でしたが、交通の便のことを考えると北海道でのこの盛会は見事ですね。全国合鴨水稲会創立10周年記念大会であると同時に21世紀の幕開けの大会でもありました。

 私は、第7回宮城・8回岡山・9回京都・10回岩手と参加して北海道で5度目の参加です。毎回、新しい出会いもあり、顔なじみの方が増えていくのが楽しいですね。今回私は、流通業者からのレポートという大役を仰せつかっての参加でした。下記のレポート要旨は配布資料に印刷されるというので、1月に書いた原稿です。ところが、その後にどうも気になる動きが目につくので、原稿から外れてその問題にも触れました。米は、農産物なのか?工業製品なのか?という綱引きの問題です。具体的にはTVコマーシャルも動員した「無洗米」の大宣伝問題です。詳しくは、「最近ちょっと気になることコーナー」に書きました。いろいろなアイディアを凝らしたルートで、農家の頑張る姿の見える農産物が都市生活者の手元に届き始めた矢先に、・・・黙過出来ない問題ですから。

 それから、時間の関係で触れられなかったのですが、「北海道は学びの原点」について、どんなことを語りたかったのかを簡単に記しておきたいと思います。

 私は、教員時代に2回ほど北海道に授業のための取材旅行に出かけたことがあります。十数年前ですが、その中で学んだことの強烈さは、私にとって頭と心にしっかりと刻みつけられるものでした。授業のための取材を超えて、今でも人生の教訓・指針となっています。

 1つは、私は『山椒は小粒で・・・』をモットーに、専門店としての小売業を営んでいますが、何かで一番になりたい、と考えて興味をもった「合鴨農法のお米」「こだわり農法のお米」を選びました。

 無理な借金をせず、身の丈に合った最低限の設備投資でやっていけるからです。根釧の新酪農村で見た光景、大規模化をめざす『ゴールなき拡大の道』の結末を目に焼き付けたからです。しかし、その根釧の原野にMさんという借金は厭だというガンコ親父の経営は周辺の3分の1の経営規模だったのですが見事に黒字転換していました。外観の立派さが経営の内実の立派さとは、必ずしもイコールではないということをしっかりと学ばせていただきました。

 2つは、政治動向に無関心であってはならないということを肝に銘じています。政府の基本政策が何処に向かっているのかを見抜くことが肝心です。いろいろなリップサービスはあるでしょうが、それに惑わされて一喜一憂せずに本心はどこにあるのか、裏にはどんな利害構造があるのかまで洞察する必要があるということです。これは、農業基本法農政のモデルとされた農業経営の苦悩のみならず、かつて繁栄を誇った室蘭の企業城下町のゴーストタウン化した商店街の一角の光景、花形産業だった炭坑の寂れ果てた様子などの衝撃に、地名物産地理で教えた嘘に後悔の念を交えた実感です。一見平和に見える生活が今あっても、それは、権力者の舵取りでいつ消されるか分からないという警戒心を弱者はもっているべきだという自覚です。

 3つは、JAS法の有機の表示問題が法制化されて、4月からスタートしますが、今から十数年前にもかかわらず、独自の工夫をした表示を実行していた農家から教わったことです。それは、旭川郊外の畑作農家でした。「無農薬」という用語が氾濫していますが、その農家は、「農薬無使用」の表示シールをつくっていました。そのわけを質問すると「堆肥作りに鶏糞なども利用しているが、鶏のエサまでははっきりと調べきれないので、自分の栽培段階では農薬をつかっていませんという意味のシールです。」という明快な答えが返ってきました。紛らわしくなく、とても誠実な分かり易い表現なので、授業でも子ども達に説明すると、なるほど納得の表情をしました。その表現は、できることとできないことをしっかり伝えているのです。

 「無農薬」と表現するから、完璧主義を呼び込んでおかしな所に話がずれていってしまうのです。たてまえ完璧主義は、ひとたび認定を受けるとその陰では、大阪雪印の工場のようなたてまえと現実のギャップも生じます。「農薬無使用」の表現の知恵が制度の中に生かされないのは、とても残念です。大切なのは、「無農薬」とすることで、多くの消費者はその結果だけで満足してしまって生産者の農業の工夫や苦労へ想いを馳せないことです。ところが、「農薬無使用」とすることで、では、どんな影響の可能性はあるのか?それはどういう問題があるからなのか?というように関心が広がり、学びが深まっていきます。

 今大切なのは、農と食を共に考える輪の拡がりなのではないでしょうか?そのポリシーが伝わってくる誠実な分かり易い表現というのは、対話と学びの切り口としてとても大切なんだということを教わりました。

 4つは、日本に農の営みを存続させるキーポイントの課題認識です。鷹栖町の「オオカミの桃」というトマトジュースがあります。地域のシルバー人材の知恵と英知の結晶として造られた農産加工品の王様といってもいいと私は思っています。食品会社が作ったのでない素晴らしいジュースです。訪問から2〜3年たって、都内の有名デパートの売り場に陳列されているのを見かけるようになりました。

 当時、地理の参考書などにも「三ちゃん農業」などという造語が、兼業化の進む日本農業を象徴するように流布していました。シルバーの知恵と力の引き出しに成功した町の行政担当者の活躍も見事だと思います。行政のタイプを「引率型」か「演出型」かに大別していうと、明らかな演出型行政の素晴らしさを示していると感じました。

 三ちゃんこそ、別な意味で日本農業を存続させる大黒柱になるのだという展望を感じさせてもらったのでとても印象深いです。また、後に米屋になってから新潟の魚沼の生産者でお米と人参を作っている方とお会いした時、人参ジュースを造っているのだが、「オオカミの桃」が追いつけ追い越せの目標ですと語っていました。十年以上も前に、産地で「オオカミの桃」に出会って感激した者として、やっぱりすごいジュースだったんだと何か嬉しくなってしまいました。

 いずれも北海道で学び、私の心にしっかりと残った、そして根を張り生きた知識となったものです。その時の会場の話題・関心の雰囲気で、以上のどれかを語ろうと思っていたのですが、時間の関係で果たせなかったのでここに記しました。

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第11回フォーラムでの砂金のレポート要旨

全国合鴨水稲会創立10周年記念大会 東京・台東区入谷 金沢米店 砂金健一

都会人が満たしたいのは、胃袋だけではない

 8年目の米屋としての問題意識:1991年地教研大会で「日本農業をどう教えたか?」を報告。現在でも、実は、教員時代の体験と意識がベースにある。それを抜きには語れない。

 宮城での第7回大会で報告させていただいた時もこれらのベースの上での経過報告でした。このとき、レポートした「人食い人種が増えてきた」とか「販売数量の着実な伸び」とかは、ほぼその基調で来ました。一昨年は、あえて、新聞チラシを一回もいれずに、やってみましたが、3・7・12月と3回にわたって売上のレコード更新が出たくらい順調でした。つまり、口コミで新規のお客様が増えてきたのです。

 しかし、昨秋からは都会への縁故米急増の洪水の中で・・・信用を売るに徹する。都会人に潜在するコンプレックスに注目する理由は、(意識されていないニーズがあるということ)

 つまり、都会に生活する人は、自覚しているいないに拘わらず、自分の生命と健康の源である生き物を育てた体験がほとんどないし、知らない。その事は人間としてバランスを欠いた現代特有の問題点だといえます。毎日食べているのに、生育の姿・プロセスを全く知らないのです。それだけでなく、旬の感覚・意識の喪失も深刻です。本物の味覚の喪失も同様です。アイガモ農法のお米との出会いは、目覚めの契機になるのです。

10年前の教育実践報告:「足で書くレポート」を参照

 生徒たちの食いつき方に「願い」を見た。家族への波及も!

都会に存在する意味のある米屋をめざす=担いたい役割(対面販売を生かして)

私のこれからの課題−個性豊かな、存在感のある米屋をめざして−

 全国合鴨水稲会のホームページでもフォーラムに関しての情報提供が行われていますので、合わせてお読みください。

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